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人は、黙っていてほしいときに、沈黙してくれるのはありがたく思いますが、
応答してほしいときに沈黙が続くと、シーンと静まり返って、
しらけた空気が流れてしまうことがあります。

ホテルやオフィスのエレベーターの中、まったく身動きがとれない情態で、
会話もなく沈黙が続くと、ことばでは言い表せない空気がただよいます。
人が多く集まるところでの沈黙は、奇妙な状況です。

都市化現象というのは、コミュニケーションが失われ、他人に対して無関心であったり、
道で人にぶつかりそうになってもよけず、「すみません」のひと言すら言わないことが、
当り前のようになってきています。

そんな沈黙は、単なるコミュニケーションの欠如でしかありません。

「沈黙が金になる」とは、何でしょうか。
沈黙とは、「ことばにあらわすことができないもの」であり、「無言」という表現方法です。

人は、ことばであらわすことによって相手をうまくだますこともできますが、
ことば以外のところにあらわれるものは、
その人の本心が態度になってあらわれてくるのです。

沈黙が、どんなことばよりも価値を持つときとは、どのようなときでしょうか。
感動したとき、相手に対しての思いが強すぎて、ことばにならないとき。

このようなときに、こころからあふれ出て来るものが、
相手のこころに伝わり、感動をよびます。
これが、沈黙が金になるときです。

コミュニケーションの基本は、他人を人として認めることで初めて成り立つものです。

「こころ」と「こころ」、「いのち」と「いのち」が、
ふれあうコミュニケーションに勝るものはありません。

高木裕樹(著)『自分を好きになる本』から要約しました。

 

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人間関係の基礎は、親子関係によって築かれると言われます。

やがて成長して、より豊かな人間関係を築き広げていくため、
多くの人とかかわり合っていくことになります。

人間関係の基礎である親子関係が、確かな信頼という絆で結ばれている人ほど、
人を信じることができ、愛情を持つことができると言えます。

さらに子供は環境によって、人との信頼関係をつくる力を身につけていきます。
小学校三年生のひろし君とゆうき君のお話です。

二人は、ひろし君の田舎のおばあちゃんの家に遊びに行くことになりました。

二人にお母さんたちは、「子供が二人で出かけるのは危ないし、
まだ新幹線に乗るのは無理だ」と反対しました。

しかし、何としても行ってみたいという思いは強く、
お母さんたちは、この二人の冒険の旅をゆるしました。

二人は、東京から新幹線に乗って米沢に向かいます。

しかし、山形行きの「つばさ」に乗るはずが、
間違って仙台行きの「やまびこ」に乗ってしまいました。

ゆうき君は、なんとかしようと落ち着いて車掌さんにたずねました。

しかし、ひろき君は、不安になって泣き出してしまいます。
ひろし君は、他人にたずねることができなかったのです。

どうにか二人は、米沢に着くことができました。
二人の男の子は、年齢も経験もほとんど違いがありません。

こんな状況にあったときに違いを生み出すもの、
それは他人とのコミュニケーション能力です。

両親だけのかかわりの中だけで生きているのと、
両親以外の大人とのかかわりの中に生きてきたかの違いです。

最近の子供は、物には恵まれていますが、
人とのかかわりが貧しくなってきているのが現実です。

時代の流れの中で核家族であったり、地域社会とのかかわりがなくなってきたりと、
いろいろな要因が考えられます。

両親が他人とのかかわりを面倒くさがったり、子供に他人は信じられないというようなことを
言ったりしているのかもしれません。

子供は、人と接することにより、多くの知識を得て、いろんな生き方を知ります。
親の教育しだいで、子供がこころから信頼できる友だちをつくるチャンスを
与えることも可能です。

できるだけ多くの人と知り合い、交流を深めていくことは、
こころを豊かにするための糧になります。

そのために、子供に大切な友だちができたら、その友だちを批判しないであげてください。
友だちを大切にするこころを養ってあげることです。

友だちは、生きるために必要な知識を教えてくれ、人間関係を豊かにしてくれます。
大人も同じです。あなたの友だちを大切にしましょう。

高木裕樹(著)『自分を好きになる本』から要約しました。

 

人間関係がうまくいかない人は、「人の愛し方」、「人からの愛され方」を
知る機会に恵まれることが少なかった人です。

その原因の多くは、幼児期の親子関係にあります。
だからこそ、愛について学ぶことが大切になります。

その第一歩は、「無条件の愛を与えることの喜び」を体験することです。
無条件の愛とは、一方的に与えられるもので、見返りを期待してはいけません。

母親が生まれたばかりのわが子に注ぐような愛です。
母親になると自然にわいてくる愛です。

人間にもともと備わっている機能ですが、
大人になっても育っている人と、育っていない人がいます。

その違いは、いったい何でしょうか。

それは、無条件の愛を必要としているときに、
どのように親から愛されたかによって決まると言われています。

無条件の愛を十分に浴びずに育った人は、
他人に対して無条件の愛を与える能力が育っていないことが多いのです。

だから「相手からしてもらうこと」を重要視してしまいます。
しかし、見返りを期待した人間関係は、うまくいきません。

花を育てるとき、水をやり、太陽の光をいっぱい浴びさせます。
やがて、芽が出て、つぼみがふくらみ、きれいな花が咲きます。

それを見て、花が咲いたことを喜び、その美しさに感動します。
時間をかけ、こころを込めて世話をしたという喜びが、感動をいっそう大きくします。

その喜びと感動は、花が自分に何かをしてくれたから喜ぶのとは違います。
それは、花を見て素直に美しいと感じるこころ、
それを育てたことに満足するこころがあるからです。

それが、無条件の愛です。

阪神淡路大震災のあるボランティアの話です。
水場が数キロ離れている。

水をくんで戻ってくる道すがら、多くの人がのどの渇きから水を欲しているのを見て、
思わず水を差し上げずにはいられなかった、と言っていました。

これが、人間に備わっている愛の機能です。

愛とは、相手がしてほしいこと、喜ぶことを見つけ、どんな小さなことでもしてあげること、
見返りを期待せずに与えること、それに喜びを見出すことです。

まずは、小さいことから始めてみましょう。

高木裕樹(著)『自分を好きになる本』から要約しました。

 

人間の成長には、三つの喜びがあります。
 
一つ目は、親から面倒をみてもらえる喜び。
お乳をもらえる、おしめを替えてもらえるというような「してもらう」喜び。

二つ目は、乳離れして自主的に行動し始めたとき。
一人で歩き、ご飯を食べ、泳ぎ、自転車に乗れるようになる「できる」喜びです。

三つ目は、成長し他人の面倒をみることができるようになること。
親切にしてあげる、人を楽しませるといった「してあげられる」喜び。

さらに人間にとっての最大の喜びは、「受け入れあう」喜びです。

相手の存在をまるごとありのまま受け入れることのできる喜び、
自分の存在を認められ受け入れてもらえる喜び、
つまり、受け入れたり、受け入れられたりすることによっ感じる喜びです。

人から必要とされる、役に立つというような相互的に受け入れられることが喜びとなるのです。

世の中は、お金、物、地位、権力がものを言うと、一般的には言われてきました。
しかし、それらには限界があります。

これからの時代は、時代と共に変わっていく価値観ではなく、
変わることのない価値を人は求めています。

レイモンド・チャンドラーの作品の中に次のような名言があります。
「人は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格はない。」

強いだけの人は、できる喜びに自己満足して生きていけます。
しかし、求められているのは、優しさを兼ね備えた人なのです。

優しいとは、「人」偏に「憂い」と書きます。
つまり、人の憂いがわかることが、他人の気持ちがわかる人ということになるのです。

人生には、さまざまな苦しみ、悩みがあります。

「強さ」と「優しさ」を兼ね備えた人は、人の喜びをわが喜びとし、
他人にしてあげることを喜べると共に、受け入れ合う喜びも知っています。

高木裕樹(著)『自分を好きになる本』から要約しました。

 

ある人から、「過去の出来事や人から傷つけられたことに対する苦しみから
解放されて自由に生きたい」という相談を受けました。

人間は、だれでもが悩むように、つくられているのではないでしょうか。
それこそが、人間の特性だと思います。悩まない人間は、この世にひとりもいません。
人は生きている以上、悩みがあるものです。

『積極的考え方の力』の著者で、前向き肯定的思考の元祖とも言える、
ノーマン・ピール博士が、ある青年の話をしています。
一人の青年が、先生のところを訪ねて来ました。

その青年は、いろいろなことが原因で人生に絶望し、生きる力をなくし、
何度も死のうと思いました。

しかし、死ぬことはできず苦しみの中にいました。彼はこう訴えました。
「なんとかこの苦しみから解放されたい、苦しみのないところに僕を連れて行ってほしい」と。

博士は、その青年を外に連れ出して一緒に歩き出したそうです。
5分ほど歩き、町外れのさびしいところへと。

そこで、博士はその青年に言うのです。
「苦しみも悩みもないところへお連れしましたよ、ここにいる人に悩みはありません」

そこは墓地でした。おどろく青年に、博士は、ひとこと言います。
「生きている以上は、どんな人も悩みがあるんだよ。」

この青年は、こころが軽くなりました。
悩みがあることが問題なのではなく、悩みをどのように受けとめ、
どう行動するかが問題であることがわかったからです。

現実に起こっていることは変わらない。
しかし、悩むことこそが、成長の促進剤ととらえることによって、
人生に対し積極的に向き合うことができるようになるのです。

後悔している自分、こころの傷から解放されるためには、
闇に包まれている自分のこころの扉を開くマスターキーを持つことです。
これがあれば、何事も前向きにとらえ、前進することができるはずです。

高木裕樹(著)『自分を好きになる本』から要約しました。

 



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プロフィール
HN:
中村彰宏
性別:
男性
職業:
心理カウンセラー
趣味:
カラオケ、テニス、映画
自己紹介:
氏名:中村彰宏
職業:心理カウンセラー
学歴:米国ロマリンダ大学院
カウンセリング学部卒業(修士)
資格:米国カリフォルニア州認定・
夫婦家族療法セラピスト
現職:オリーブ・カウンセリング・
センター(代表)
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