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「生きているのがつらい、毎日がむなしい。
何もしないのに疲れる」と訴える若者が増えてきました。

彼らは「疲れた」ということばを口癖のように使います。
この疲れは、何かを達成したことによる疲れではありません。

自分の内にあるエネルギーをもて余して、どのように使っていいのかわからず、
自分を抑え込んでまわりの人や状況に振り回されて、
エネルギーが奪い取られていくことによる慢性的な疲労感であり倦怠感です。

彼らは、話をしていると目をあわせず、そむけてしまいます。
それは、自信のなさのあらわれです。
さらに彼らは、自分の内面にあるむなしさからくる虚無感にも目をそむけているのです。

学生を対象にした調査で、「なんとなく満たされていないと感じる」という答えが81%、
「人生に不安を感じる」という答えは77%にのぼるというデータがありました。

このことから、大半の学生は、こころのむなしさを実感しているというこがわかります。

では、どれくらいの割合で「むなしさ」を感じるのでしょうか。
「2、3日に1回」は43%、「毎日感じている」は11%という頻度です。

さらに、どのようなときに「むなしさ」を感じたのかというと、
「部屋で一人、ボーッと考え事をしているとき」、
「自分は何のために生まれてきて、何のために生きているのだろうかと考えるとき」、
「本当に人から社会から必要とされているのだろうかと思うとき」、
「友人に電話をかけてみんな留守番電話になっていて、しかもその応答が機械音だったとき」、
「将来のことを考えて、自分は何をしたいのか、
自分に何ができるのかという答えが見出せないとき」などがあげられています。

人は、ふとしたこころの隙間ができるときに、むなしさにとらわれてしまうのです。

若者たちに、「むなしさを感じるきっかけとなった出来事は何か」と問いかけてみると、
次のような答えが返ってきました。

「高校に入学したとたん、大学、就職、結婚と自分の将来がなんとなく見えてしまったとき」、
「大学に入学し彼女もでき幸せな気分だったが、
ふとこんなことでぐらいで幸せを感じていいのかなと思うとき」。

ごく普通の生活の中で、むなしさを感じてしまうのです。

しかし、このようにいろいろな出来事がきっかけとなって、
人生に疑問を感じ始めたことは、とてもすばらしいことです。

それは、自分と向き合うことの始まりだからです。

若者たちは、自分に対して、人生に対して悩むことが少なくなってきています。
そのような中で、むなしさを感じることによって、「悩む力」が培われていくのです。

「悩む力」が、人を成長へ導きます。

高木裕樹(著)『自分を好きになる本』から要約しました。

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目立ちたい人の中身は、「刺激を求める欲求」です。
人は、ストレスが起きると、刺激を求めたくなるものです。

目立つということは、まわりの人から見られ注目されることによって刺激を得ることです。

まわりの人の目が、自分に注がれていれば満足する。
これが、目立ちたい欲求なのです。

あるテレビ局のディレクターによれば、テレビに出たがりの人が必ずいるそうです。

しかも、そのような人は、テレビに出るだけで満足してしまうことが多く、
決して主義主張をしたいわけではないということでした。

「テレビに出て、学校の近くの喫茶店に入ると、皆が話題にしてくれるのでうれしい」。
それが目的となっているのです。

しかし、それだけでは、テレビに出てしばらくは話題にされているのですが、
やがて時間と共に消え去ります。

そうすると、喫茶店に座っていても寂しくなり、むなしくなってしまうのです。

つまり、自分の満足感をまわりの反応から得ていて、人生を受け身で生きている。
依存傾向にあるのです。

つねに満たされない欲求を持っていて目立とうとする人は、ほとんどが受け身です。

自分自身の現状に満足できない人は、まわりに対して求めていくものですが、
どこまでいっても満たされることがないのです。

それに対して、人生を能動的に生きている人は、自分自身が発信源になっています。
まわりの人に働きかけることによって、その人がなんらかの反応をする。

こうしたことが、うれしく、生きがいにつながっていくのです。

海外旅行をしていると、現地の子供たちが一人ひとり、
生き生きと輝いて能動的に生きています。

そこには、生きるエネルギーが実感として伝わってきます。

物がなく貧しい状況でも、路上で必死に生きている、
その姿がなんともエネルギッシュなのです。

彼らは裕福ではありませんが、自分を卑下せず、
自分の力と助け合いによって、生き抜こうとしています。
この姿に、勇気と希望をもらうような気がします。

人はだれでも、変わることができます。

満足できない欲求の充足を他人に求めるのではなく、
自ら生きるエネルギーを人に与えていける人間へと変わる。

これが、人間的成長につながります。

高木裕樹(著)『自分を好きになる本』から要約しました。

「僕には好きな女性がいますが、その相手にどうしても『好き』と告白できません」
という相談者がいました。

彼は、はずかしいから「好き」と言えないのではなく、
自分のプライドがゆるさないから告白できないというのです。

彼の話を聴いてわかったのは、マザーコンプレックスを抱えていたということです。

彼は、母親から「男性は勉強が大切」、「男は仕事が大切」、
「男は女を見てキョロキョロしない」などと、言い聞かされていました。

そのことと、女性を好きになる気持ちが、彼のこころのなかで衝突し、その結果、
母親から言われ続けてきた男のイメージと自分とのギャップに苦しんでしまっていたのです。

彼は、好きな女性に向かって「好き」と告白した瞬間、自分の男としての価値が下がると
感じてしまっていました。母親から言われ続けてきた男性像とは違ってくるからです。

プライドという鎧に身を包んで、自己防衛し、自分の行動を抑制してしまっています。
そのために、好きな女性に告白することができません。

デートに誘うことすらできず、「相手から誘われれば行ってやってもいい」
という態度を示すのです。

彼が自分の感情を素直に表現できずにいる背後には、
「嫌われたらどうしよう」という不安もあります。

それこそ、自分のプライドに傷がつくからです。
これを「分離不安」といいます。

親自身が、自分の子供が親から離れていくことを好ましく思わないことが、
依存心の強い子供を育ててしまいます。

成長過程で、親の分離不安の解放が、子供の分離不安の解放につながるからです。

好きな女性がいるのにプライドが邪魔して告白できない、
このように自分の中の感情が明快になっていないということは、
母親からの分離がなされていない、精神的自立ができていない証拠です。

こころの中に葛藤が生じているのです。

こころに葛藤を抱えている人は、ただ黙って自分の不機嫌さを伝える以外に、
どうして良いのかわからない状態です。

つまり、彼は母親からの精神的自立ができていないので、自分の感情をつかみきれず、
素直に表現することができないために、こころの中で葛藤が生じていたのです。

この葛藤は、決して悪いものではありません。
人は、人間的に成長していくプロセスで、必ず、こころに葛藤が生じます。

その葛藤に向き合い、葛藤を乗り越えていくことによって、
成長を遂げる、だれでも通る道なのです。

高木裕樹(著)『自分を好きになる本』から要約しました。

 

「人から良く思われたい」という思いが強い人がいます。

そのような人は、まわりの目を気にするあまり、
自分を実際の自分以上に、背伸びして良く見せようとします。

そうすると、自分を見失い、自分の弱さを隠そうとし、そんな自分を隠そうとします。
自分を受け入れられなくなり、自分が嫌いになる悪循環の渦へとはまってしまうのです。
これでは、自分を尊敬できないし、好きになることもできません。

生きていくうえで大切なことは、自分を尊敬することです。

自分を尊敬するということは、ありのままの自分を知って、自分を受け入れ、
自分を好きになることであり、自分に与えられている能力を知って、
世の中に役立てることです。

自分にできることを見つけて行動していくことが、人間的な成長につながります。

ある学生さんが自問しました。
「今、与えられているこのとき、この状況で何ができるか」と。

その学生さんは、特別養護老人ホームの施設に毎週行って、
ボランティアでお年寄りの話を時間のゆるすかぎり聴くことをしました。
その結果、多くのことを学んだと話しています。

なんでもないようなことに思えますが、まずは自分のできることを考えて、
自分のできることを行動に移すことで、それができる自分に自信を持ち、
自分を尊敬できるようになっていくのです。

自分に与えられた時間をやりくりして、お年寄りのために話を聴くことによって、
人間的に成長へと導かれていったのです。

私たちは、人のために何かをするということは、自分を犠牲にすることと思いがちです。
そうではなく、「自分を使う」(Self-use)と考えてみればどうでしょうか。

自分を使うとは、自分の与えられている能力をフルに活用することです。
人のために自分を使うことができる人は、自分を尊敬できます。

自分を尊敬できる人は、背伸びしてまで自分を良く見せる必要はありません。
そんな人は、自分以上でもなく、自分以下でもなく、今の自分を最高に生きています。

あなたにしかできないことが、必ずあります。
それを見つけて、実践していく。

そのことで、自分を尊敬することができ、人間的成長が望めます。
かぎりない成長を目指して、チャレンジしていきましょう。

高木裕樹(著)『自分を好きになる本』から要約しました。

 

セルフイメージの形成には、親からの影響だけでなく、
社会やまわりの環境からの影響もあります。

それは、大きく3つあると考えられます。

1.物質中心主義
現代社会は、あまりにも物質的なものに大きな価値を置いています。
次々と新商品が出回って、今あるものに満足することができなくなっています。

無意識的に自らの価値を製品化し商品化して、物質的な基準、
所有しているものの数や収入で評価するようになってしまって、
自分の価値を健全に評価しにくくなっているのです。

2.競争社会
いつも他人と比較され、競争することを強いられています。
勉強でもスポーツでも仕事でも、つねに勝つことを求められます。

このため、勉強が苦手、運動能力が低い、ちょっと要領の悪い人などは、
劣等感にさいなまれ、大きなこころの傷となっていくこともあるのです。

3.見た目へのこだわり
容姿に対するコンプレックスです。
人は外見で評価されてしまうと、自分に自信を持つことができず、
健全なセルフイメージを形成することができません。

スーパーモデルでさえ、落ち込むことがあるというのです。
それは、あまりにも完璧を求めすぎていたり、年齢へのあせりが多いようです。

この3つに共通することは、こころのよりどころを目に見えるものに置いていると、
今与えられているものに満足できず、それ以上を求めてしまうので、
いつまでも満足することができず、セルフイメージを高めることができないということです。

では、どうしたら健全なセルフイメージを高めていけるのでしょうか。

これも3つあります。

1.「自分は価値ある存在だ」と心から思うこと
あなたは、この世界でたった一人のユニークな存在で、
最高のデザイナーによってつくられた作品です。

だから、はかりしれない価値があるのです。

2.他人と比較するのをやめること
学歴、収入、役職など、自分と他人を比べて判断することをやめることです。

人はどうあろうと、自分は自分と思って生きることが、
セルフイメージを高めることになります。

3.具体的な目的を持つこと
人生の目的、つまり、何のために生きているのかということを
自分自身で問うことが大切です。

それが、存在理由につながります。
人生観を明確にするといってもいいかもしれません。

私たち一人ひとりが、価値ある存在であり、すばらしい作品で、
人生を最高に生きるために生まれてきたのです。

「今はすばらしい、さらにこれからもっとすばらしい人生が待っている」と思うことです。

「プラスからプラスに生きる人生」を、「一元に生きる」と言います。
一元に生きる人生観が、あなたのセルフイメージを高める究極の秘訣です。

高木裕樹(著)『自分を好きになる本』から要約しました。

 



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中村彰宏
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男性
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心理カウンセラー
趣味:
カラオケ、テニス、映画
自己紹介:
氏名:中村彰宏
職業:心理カウンセラー
学歴:米国ロマリンダ大学院
カウンセリング学部卒業(修士)
資格:米国カリフォルニア州認定・
夫婦家族療法セラピスト
現職:オリーブ・カウンセリング・
センター(代表)
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